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名古屋高等裁判所 昭和46年(行ケ)3号 判決 1973年1月30日

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告ら訴訟代理人は「審査申立人石橋守三から、昭和四五年一〇月一九日付を以つてなされた昭和四五年九月一九日執行の三重県南牟婁郡御浜町議会議員一般選挙の効力に関する審査申立につき、被告三重県選挙管理委員会が昭和四六年九月二五日になした裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一、原告ら訴訟代理人は請求の原因並びに被告の主張に対し次のとおり述べた。

(一)  原告らは昭和四五年九月一九日執行の、三重県南牟婁郡御浜町議会議員一般選挙(以下本件選挙という)において、いずれも当選人と決定されたものである。

(二)  訴外審査申立人石橋守三は昭和四五年九月二二日付を以つて、御浜町選挙管理委員会(以下町委員会という)に対して、前記選挙、並びに同時に執行された御浜町長選挙の効力に関する異議の申出をなし、これに対して、町委員会は昭和四五年一〇月六日付を以つて、御浜町議会議員および町長の選挙無効に関する異議の申立てはこれを棄却する、旨の決定をなし、右審査申立人に対して、同月八日、右決定書は送達された。

(三)  右審査申立人は、右町委員会の決定を不服とし、昭和四五年一〇月一九日付を以つて、被告委員会に対して、町委員会の決定を取消す、御浜町議会議員選挙並びに町長選挙をすべて無効とする旨の裁決を求めて、審査の申立をした。

(四)  被告委員会は右審査申立に対して、昭和四六年九月二五日左記のとおりの、裁決をなし、同年一〇月一日これを告示した。

昭和四五年九月一九日執行の南牟婁郡御浜町議会議員選挙および同町長選挙の効力に関して、南牟婁郡御浜町選挙管理委員会がなした昭和四五年一〇月六日の決定のうち、同町議会議員選挙の効力に関する部分を取消す。

同町議会議員選挙はこれを無効とする。

審査申立人のその余の申立てを棄却する。

(五)  被告委員会のなした裁決理由の要旨は別紙第一準備書面記載のとおりであつて原裁決並びに被告委員会が本件における選挙管理執行上の手続違反として次の諸点を挙げている。

(1) 選挙人名簿に転出表示のなされた者は、選挙権を有しないから、これらの者に投票所入場券を発行交付してはならないのに入場券を発行交付し、投票させたこと。

(2) もしくは入場券のないこれらの者を投票所に入場させ、投票させたこと。

(3) もしくは不在者投票の管理者が不在者投票を容認し、送致をうけた投票管理者がこれを受理したこと。

(4) 選挙人名簿の転出表示された者の選挙権の有無について、実質的判断と決定を投票所の選挙事務補助者個人がしたこと。

(5) 更家ミワ他三名はそれぞれ結婚して本件転出表示が真実であり、かつ選挙当時それぞれ夫と住所を同じくしていた者であるから投票させてはならないにも拘らず、投票事務従事者は婚姻及び改氏の事実を知らず、質問もせず投票させたこと。

(六)  しかしながら被告委員会の前記手続違反の指摘は、次の理由により失当であり、本件選挙において町委員会には法第二〇五条にいう選挙の規定違反はない。

(1) 法第二〇五条にいう「選挙の規定に違反することがあるとき」とは、選挙の管理執行に当たる機関が、直接に選挙管理執行手続に関する明文規定に違反する場合のみならず、選挙全体の公正を著しく失し、選挙法の所期する正常な選挙が行なわれなかつたに等しいと目されるような場合をも指称する(昭和三六年六月三〇日東京高裁)。

(2) 入場券の性質について。

(イ) 投票所入場券は、選挙人に選挙の日時、場所を周知させ、かつ投票所で選挙人を確認する一手段として事前に配布されるものである。

(ロ) 公選法施行令三一条により入場券発行交付があつた場合でも投票に際しては選挙人名簿(またはその抄本)と本人とを対照して確認したのちに投票用紙を交付しなければならず、また同法及び同法令を通じて入場券と引き換えに投票用紙を交付しなければならない旨の明文の規定はなく、右の関連性は法の予定するところではない。

(ハ) 入場券の配布につき、選挙権を有しない者に入場券を配布しても、それだけでは選挙の規定に反するものということはできない。(東京高裁、昭和三八年(ナ)第一二号行裁例集一五巻、三号三四〇頁)。

(3) 法四四条によれば、選挙人は名簿またはその抄本の対照を経て、投票すべき旨を規定している。

しかし、投票管理者は名簿に登録されている者の選挙権の有無について、実質的審査権限はあつても、その義務はない(東京高裁昭和三三、四、九判決、行裁例集九巻四号七九一頁)。

(4) 本件の場合、名簿上、一六名につき、転出表示がなされていても当然に無資格を表わすものでなく、法第二七条の選挙人名簿から現実に抹消される迄は同法令第三五条一項にいう「選挙人名簿に登録された者」に該り、ただ選挙権を有しないかも知れない推定を受ける程度であるから、本人から投票の意思が表示された場合、投票管理者(以下事務補助者も含む)が選挙権を有する者と判断すれば、投票させてもこの規定に関する限り違反にはならない。したがつて原裁決のいうように、直ちに町内に住所を有しないものかどうかその実体を見極めて、投票を中止さすべき職務上の義務は法第二八条で規定する登録が抹消されている場合でもない限り、投票管理者にはないというべきである。

(5) 本件選挙の場合、事前に(昭和四五年九月一七日)選挙事務研修の打合会があり、町委員会尾崎委員長から各投票区投票管理者、事務主任者に投票管理に関する一般指示がなされ選挙人の確認等を含む右指示は各投票区ごとに、投票管理者(もしくは事務主任者)から事務補助者に伝達されていたところ、本件一六名の投票者に関する各投票区の投票管理者が、投票当日(但し井瀬夫婦につき不在者投票)右各投票者に選挙権を有する者と判断して投票させたことは、次の理由により右措置が相当である。

(イ) 各投票管理者は過去数回前後の選挙管理を経験し、従前の選挙管理方法に比べて特に本件選挙の場合選挙の公正を害する措置でなかつたこと。

(ロ) 各投票区の選挙人数が比較的少ない本件各投票区(第二投票区有権者数八六〇名、投票者七六七名、第五投票区有権者数一九七名投票者一九〇名、第八投票区有権者数二四一三名投票者二一八五名、第九投票区有権者数一六四四名投票者一五三四名、第一一投票区有権者数七二二名投票者六七五名、第一三投票区有権者数五三〇名投票者四九六名、以上本件投票者一六名に関する各投票区)では選挙人の移動もあまりなく、田舎通例の投票管理者と投票者とが顔見知りであるところから投票者の住所移転の事実の有無の確認がさして困難でないこと。

(ハ) 本件投票者一六名につき、各投票区で面識もあり、かつ各投票者が御浜町内に日常生活を営んでいることを知る投票管理者の確認に基づき住所移転がないと判断して投票させていること。

(ニ) 本件投票管理者の前記判断は、町委員会委員長の前記指示指導に基づくものであり、個人的恣意によるものでないこと。

(6) 本件投票管理者は、更家ミワ、桧作幸子、河辺征子、宇城信子らの婚姻(及び改氏)の事実を、本件選挙人名簿の照合によつて当然に知り得るものではない。なぜなら、右選挙人名簿の転出表示には選挙人の住所、氏名、日時のみが記載され右日時が転出日時である旨の記載もなく、婚姻に関する記載はない。

(7) 従つて、本件の場合、結果的には無権利者に投票を許すことになつても、選挙人の違法行為(無資格者の投票行為)を阻止できなかつたことに加えて、投票管理者が故意に看過したとかの事実が認められない限り、管理機関の違法管理にあたらない。

(七)  もともと選挙無効争訟は選挙全体の効力を争うものであるから、選挙の結果はできる限り維持すべしとする公益的目的からは、選挙の瑕疵があつてもその瑕疵のために選挙全体をやり直すのでなければ公正な選挙の結果が得られない場合に限り認めるべきものであり、法第二〇五条一項の「選挙の規定に違反することがあるとき」とは、選挙管理執行上の違法が選挙全体の公正を著しくそこなわせるほどの重大な違法でなければならない。

本件において被告委員会が無効投票と主張している一六票中には別紙第二準備書面記載のとおり有効投票が八ないし一〇票存する可能性があるのであつて、本来選挙権なき者の投票については選挙規定違反の有無にかかわりなく法第二〇九条の二の潜在的無効投票の規定により処理すべきである。そして潜在的無効投票の発生に選挙全体の公正を害するような選挙管理違法が原因しておれば選挙無効ということも考えられるが、本件の無効投票とせられるものは、選挙人名簿に転出表示ある本件一六名の投票を認めたことを理由とするものであつて、選挙全体の公正を害するものでないから、法第二〇九条の二に定める潜在的無効投票の扱い(この潜在的無効投票の扱い等については別紙第三準備書面記載のとおり)により選挙の結果を維持すべきである。

(八)  また、仮に本件選挙管理執行上何らかの手続違反があつたとしても、本件争訟は次の理由により法第二〇九条の二でいう「選挙の当日選挙権を有しない者の投票、本来無効なるべき投票」として取扱われるべきである。

(1) 法文上、法第二〇九条の二は潜在的無効投票の発生原因について、管理執行上の手続違反にかかるものとそうでないものとの区別をしていない。すなわち同条は「選挙の当日選挙権を有しない者の投票その他本来無効なるべき投票」云々とあるのみでその適用を単純な(違法管理行為を伴わない)無資格者投票のみに限定していない(行政事件訴訟十年史三九〇頁三九一頁)。

(2) 同法条の解釈運用上も、右の如き区別をすべきではない。すなわち、

(イ) 選挙あるいは当選を無効にするのは、選挙の管理機関の責任を追及するものではない、(たとえば法第二〇五条の法意は、集合的行為である選挙全体に影響を及ぼすような規定違反がある場合、選挙全体に対する自由公正が確保できないことにより選挙を無効にする点にある)から、具体的選挙管理の違法に関してその存否、故意過失を本来問う必要はない。

(ロ) 本来的に無効な投票に関しては、選挙管理機関の違法の有無はその投票の効力と何ら関係はない。

(ハ) 潜在的無効投票の発生原因からみると、選挙管理機関の手続違反に基づかないで発生するのは選挙人が巧妙に管理機関を欺罔し、通常の対照手続で防ぎきれない不正投票(たとえば極めて巧妙な替玉投票)ぐらいで、極めて稀な場合に限られ、同条がそのような事例だけを潜在的無効投票として扱う趣旨とは解されない。

(ニ) 昭和二十七年法律第三〇七号が法第二〇九条の二を加えた立法趣旨は、投票者の真正な意思を尊重して選挙の結果をできるだけ維持するところにあり、右趣旨からも、当該選挙全体の自由公正を著しく害さない管理執行上の違法を伴う通常の事例を除外する法意とは解されない。

(九)  本件において、法第二〇九条の二の潜在的無効投票の処理規定により、当選の効力を判断した場合、仮に本件投票者一六名全部が選挙権がなく無効であつたとして、右無効票を本件各候補者の得票数から按分控除しても、最下位当選者である清水由雄において〇・四七票、最高位落選者尾崎良雄において〇・四五票減少するだけで、選挙の結果には何ら影響がないことが明白である(なお、本件選挙の開票区は全町一区である。)

(一〇)  以上要するに、本件は、選挙訴訟の事由に該当せず、仮に選挙管理執行上の違法があるとしても、それによつて本来選挙権のない者が投票した無効投票が有効得票の内に混入した事案であり、潜在的無効投票の典型例である(公職選挙法逐条解説一一四五頁参照)から、法第二〇九条の二の潜在的無効投票に関する処理規定がそのまま適用されるべきである(最高裁昭和三二、五、三一判決参照)

(二) よつて、本件を選挙無効とした原裁決は公職選挙法の解釈を誤り、かつ条理に反するものであるからこれが取消を求める。

二、被告指定代理人は答弁及び主張として次のとおり述べた。

(一)  原告ら主張の請求原因(一)ないし(五)の各事実は認める。

(二)  同(六)以下の事実につき、原告ら主張の更家ミワら一六名が本件選挙の選挙権を有していたとの関係事実は否認する。

(三)  本件裁決理由の要旨は、選挙の管理執行にあたる町委員会またはその職務従事者が自らなした選挙人名簿の転出表示に反し、名簿上も実質上も選挙権のない者を投票させた事実を認定し、右は選挙の管理に関する重大な規定違反であり選挙無効の原因であると判断したものであつて、その詳細は裁決書理由のうち「申立理由七について」記載したとおりであるが、さらに次のとおり附言する。

(1) 選挙人名簿に転出表示のなされた者は、本件選挙における選挙権を有しないことは、名簿上明らかであるから、この者に対し投票をなさしめる為の投票所入場券を発行、交付してはならないにも拘らずこれに違反して片岡正六外数名の者に対して入場券を発行交付し以てこれらの者を投票させた。

(2) また選挙人名簿に転出表示がなされている者には本件選挙権はなく、従つて投票所入場券を交付しなかつた福田敬三外数名の者が、入場券を持つていないにも拘らず、投票所に入場させたのみならず、投票用紙を交付して投票させた。

(3) 適法に調製された選挙人名簿の転出表示(欠格表示)が真実に反するかどうか、右転出表示を抹消して選挙権を行使せしめるかどうかの調査判断は、町委員会の専権に属し、委員会はその調査に当つては、基礎となつた住民登録と、実体につき慎重な実質的調査をしたうえで判断、決定すべきであるのに、本件では投票所の受付係、名簿照合係等選挙事務補助者個人の判断で決定した。

(4) 更家ミワは昭和四五年七月二八日滝谷勉と、婚姻して滝谷ミワと改氏し、翌二九日新宮市に転出し、さらに同年八月三日新宮市から御浜町に再転入の届出通知があつた。桧作幸子は同年七月七日堀口和好と婚姻して堀口幸子と改氏、河辺征子は昭和四四年一二月一五日坂地昭二と婚姻して坂地征子と改氏、宇城信子は昭和四五年五月二八日竹本享と婚姻して竹本信子と改氏、而して以上のものはいずれも本件転出表示当時および選挙当時夫と住所を同じくしていた者であり(なお滝谷ミワは昭和四五年八月三日新宮市から御浜町に再転入の届出通知があつた)、即ち転出表示が真実と符合していた者であるから、町委員会はこれらの者を投票させてはならない職責を有するに拘らず、投票事務従事者は、婚姻および改氏の事実を知らず、またこれにつき一言の質問もせず、唯々諾々として投票させた。

(四)  右の次第であつて、原告らの主張、見解は選挙無効と当選無効との本質的な差異、効果を混合又は誤解したものであるから本訴請求は失当である。

第三、立証(省略)

理由

一、原告らは本件選挙の当選人であること、訴外石橋守三が原告ら主張のごとく本件選挙並びに同時に執行された御浜町長選挙について御浜町選挙管理委員会に対しその効力に関する異議の申出をなしたが棄却され、さらに被告である県選挙管理委員会に対し審査の申立をしたところ、同委員会は昭和四六年九月二五日原告ら主張のごとき理由により本件選挙を無効とする裁決(町長選挙については申立棄却の裁決)をなし、同年一〇月一日これを告示したことは当事者間に争いがない。

二  そこで右裁決の当否について判断する。

(一)  成立に争いがない甲第二六ないし第三〇号証、乙第一ないし第二三号証、第四九ないし第五二号証、証人梶間焏の証言により成立を認める乙第二四ないし第二九号証、証人山本和光の証言により成立を認める乙第三〇ないし第三四号証、証人伊藤安男の証言により成立を認める乙第三五、第三六、第三七号証、証人尾崎仁、鈴木正守、和田実雄、岡鼻寿夫、和田敏弘、田中保一、浦中佳男、上ノ平弘男、上林繁、上地明、畑林恵美夫、中村博文、西垣戸一夫、北地吉右衛門、北地明則、林博之、仁井田俟秀、南仁郎、谷合燥、道上晃司、井ノ本進、福田和代(証人和田実雄以下各一部)福田敬三、倉屋音吉、中尾安次、田岡和郎、小山裔斐、井瀬昭、片岡正六、堀口幸子、坂地征子、榎本匡志、伊藤安男、山本和光、梶間焏の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められる。

御浜町選挙管理委員会は昭和四五年九月一日調整の永久選挙人名簿を同月一〇日確定し、本件選挙(並びに町長選挙)にあたり、その一週間位前に入場券を作つて地区連絡員を通じて各戸に配布し、同年九月一七日投票管理者、事務主任者打合会議を開き、尾崎仁委員長は配布した会議資料(乙第二七号証)に基づいて注意事項を説明した。右資料には選挙権の有無に関し「16入場券を持つて来ても選挙人が本人であるかどうか確認すること。17投票を拒否するか、仮投票を許すかの決定をすること(立会人の意見をきく)」と記載してあつて、尾崎委員長は二重投票、替玉投票を防ぐために本人であるかどうかをよく確認するよう注意した。

右選挙人名簿は公職選挙一般のためのものであるので法令の定めるところにより被登録資格者で御浜町内から他市町村に転出した者も転出後四か月間は、町住民課からの連絡又は町選挙管理委員会の調査により、名簿カードに転出先と転出年月日を表示してその状態にて登録されているのであるが、これら転出者は本件選挙については選挙権を有しないので、町選挙管理委員会の係員はアルバイトをして入場券の記載をさせるにあたつて、右転出表示のある者を除くよう指示したが、指示が不十分であつたか、アルバイトの不注意かにて転出者の一部にも入場券が配布されるに至つた。しかも、右入場券のことはしばらく別としても、本件選挙の投票は一三か所にて行なわれたのであるが、各投票所にて投票時間前に投票管理者、或いは投票事務主任者は係員に投票所としての注意を与えたが、選挙人名簿(抄本)上の転出被表示者の取扱いについては、前記打合会議の場合と同様に何ら注意することはなかつた。そして投票が始まるや各係りの者は替玉投票防止のため本人確認と、名簿登録の有無に注意を傾け、転出被表示者が入場してきても、各投票所において投票管理者を始め投票事務従事者は選挙人名簿(抄本)の転出表示について何ら顧慮せず、すなわち、町選挙管理委員会に住所要件についての認定を仰ぐことをしなかつたことは、もちろん、投票事務関係者の協議や立会人の意見を求めることもせず、本人に対し住所を確かめることすらせず、投票に来た転出被表示者をあたかも転出表示のない登録者と同様に扱つて投票をさせた。右一般投票前の不在者投票についても、転出被表示者に対し係りの者は前同様に何ら顧慮することなく投票させた。ただ第五投票所にて投票事務従事者らは井瀬昭、政子夫婦について転出表示があることから、その投票をさせることにつき疑問をもつたが、結局井瀬夫婦に問いただすこともなく、引続き御浜町に住んでいると観て投票をさせた。

右のごとく投票した転出被表示者は、前に御浜町長に対し転出届をした者であるから、これらの者は本件選挙当時選挙権を有しなかつたものと一応推定せられるのであるが、その個々の者について当時三か月以上御浜町内に住所を有したか否かの事情は次の通りである。

(1)  滝谷ミワ

滝谷(旧姓更家)ミワは本件選挙で投票した者である。同人は昭和四五年七月二九日その住所である御浜町大字栗須から新宮市への転出届をしている者であるところ、同人は同年一月頃滝谷勉と結婚し(婚姻届は同年七月二八日)爾来新宮市にて新家庭を営んでいる者である。

(2)  井瀬昭、井瀬政子

井瀬昭(石工)、井瀬政子は夫婦であつて、本件選挙でいずれも投票した者である。(入場券がきていた)同人らは昭和四五年七月二〇日その住所である御浜町大字柿原から尾鷲市への転出届をしている者であるところ、昭は同年七、八月頃柿原の住家を上地一巳に売り、政子と子供四人は右転出当時尾鷲市に引趣し、中小学生三人は同年の夏休明けから尾鷲市内の学校に通学したが、昭自身は田畑の整理などがあつて右柿原に止まり同年一〇月下旬に尾鷲市に引越した。

(3)  片岡正六

片岡正六は工員で、本件選挙で投票した者である(入場券がきていた)。同人は昭和四五年六月一〇日その住所である御浜町大字阿田和から新宮市への転出届をしているものであるところ、同人は昭和四四年一一月新宮市内にて看護婦を勤める人と結婚し、昭和四五年五月紀宝町にて新居を営み、本件選挙後右紀宝町から現在の新宮市新宮に引越した者である。

(4)  小山裔斐

小山裔斐は室内装飾業で、本件選挙で投票した者である(入場券がきていた)。同人は昭和四五年六月二六日その住所である御浜町大字阿田和から東牟婁郡太地町への転出届をしている者であるところ、同人は父親と折合が悪くてゴタゴタして暮すことが多かつたところ、昭和四五年に入り妻が出産のため太地町の実家に帰り、裔斐は同年一月頃新宮市に借家して移り住んで同市の自動車工場にて整備士として働き、同年五月頃妻の実家の近くである太地町に借家してそこに移り住み、室内装飾の仕事の都合上阿田和の実家と往き来していて本件選挙後である昭和四五年一一月頃(転入届一一月二日)再び阿田和の実家に帰つてそこに住んでいる者である。

(5)  田岡和郎、田岡洋子

田岡和郎(高校教師)、田岡洋子は夫婦であつて、本件選挙でいずれも投票した者である(入場券がきていた)。同人らは昭和四五年六月八日その住所である御浜町阿田和から熊野市への転出届をしている者であるところ、同人は御浜町の高校に勤め右阿田和の住居は教員住宅であつたところ、学校に近い関係上同僚、生徒の出入が多くて職場と家庭生活の区別がつきかねる有様で、幼児のためもあり、同年五月末右教員住宅を引きあげ熊野市へ転居し、勤めが遅くなつた場合には学校の研究室で泊ることもあるが、右引きあげ後は熊野市に家族ともども住んでいる者である。

(6)  中尾安次

中尾安次は医師で、本件選挙に投票した者である(入場券がきていた)。同人は昭和四五年八月二九日御浜町大字下市木の住所から京都市へ転入した旨の届出をしている者であるところ、同人は昭和四三年京都大学を卒業してからも同市内に下宿して病院にパート勤務をなし、昭和四五年一〇月高山市内の病院に勤めて昭和四六年五月結婚して引き続き高山で新家庭を営み、昭和四七年三月京都市に転居した者である。

(7)  堀口幸子

堀口(旧姓桧作)幸子は本件選挙で投票をした者である。同人は昭和四五年七月二日その住所である御浜町大字下市木から新宮市への転出届をしている者であるところ、同人は昭和四五年六月一〇日堀口和好(県税事務所勤務)と結婚し(婚姻届は同年七月七日)爾来新宮市にて夫婦暮しをしているが、幸子の実家は商店をしているので店の忙しい時は実家に毎日のように手伝に来て寝泊りし、その時は夫もそこから通勤していたことがある。幸子は高校在学中、三か月以内は前住所で選挙ができると聴いていたので右選挙当時は御浜町に住んでいるとの考えはなかつたが投票することに疑を起さなかつたものである。

(8)  坂地征子

坂地(旧姓河辺)征子は本件選挙で投票した者である。同人は昭和四五年七月二五日御浜町大字神木から新宮市への転出届をしている者であるところ、同人は昭和四四年一〇月三日坂地昭二と結婚し(同年一二月一五日結婚届)新宮市のアパートにて新家庭を営んだが、結婚後身体の調子が悪くて昭和四五年一月頃から同四六年春頃までの間には身の廻りの物を持つてきて実家に帰つて静養に務めていて、この間夫は新宮の居を動かず、本件選挙当時は征子は神木と新宮市を往き来していた者である。

(9)  竹本信子

竹本(旧姓宇城)信子は本件選挙で投票した者である。同人は昭和四五年六月二日御浜町神木から新宮市への転出届をしている者であるところ、同人は竹本享と結婚し(同年五月二八日婚姻届)爾来新宮市にて新家庭を営んでいる者である。

(10)  榎本匡志

榎本匡志は電気商で、本件選挙で投票をしたものである(入場券がきていた)。同人は昭和四五年五月二二日その住所である御浜町大字志原から熊野市へ転出した旨の届出があるところ、同人は志原に店舗を構えている外昭和四四年春熊野市にも店を出し、同四五年春店舗が完成し妻子は当時熊野市に移り住んだが、匡志は事情があつて妻子の許にあまり寄りつかず、自分勝手に志原の店を生活の場として過し本件選挙の当時もその状態(現在は熊野市に居住)であつた者である。

(11)  福田敬三、福田佳世子

福田敬三(国鉄職員)、福田佳世子は夫婦であつて、本件選挙でいずれも投票したものである。同人らは昭和四五年六月二四日その住所である御浜町大字志原から熊野市への転出届をしている者であるところ、敬三は同市に新居を建てて同年六月九日家族と共にそこへ引越した者である。

(12)  倉屋音吉、倉屋貞代

倉屋音吉(三重交通職員)、倉屋貞代は夫婦であつて、いずれも本件選挙で不在者投票をした者である。同人らは昭和四五年八月二九日その住所である御浜町大字神木から熊野市への転出届をしている者であるところ、音吉の勤務は熊野市が中心であるので、熊野市に住みたく、その市営住宅の申込要件に適うため、先ず昭和四五年六月末頃熊野市有馬町にて家を借りたが、音吉は当時尾鷲市にある営業所に寝泊りして勤務していて、近く勤務の交替期があると期待していたところ交替が延びたため右借家ヘ少し道具を運んだまま入居せず、子供らも神木から熊野市内の学校に通学し、秋の取入れが済んだ同年一〇月頃一家を挙げて右借家へ引趣した者である。

本件選挙での当選者は二〇名で、得票順の第一九位は赤根辰己二二八票、最下位は清水由隆二一七票次点者は尾崎良雄二〇八票で最下位者と次点者との得票差は九票である。

以上のごとく認定せられ、右認定にていしよくする和田(実雄)、岡鼻、和田(敏弘)、田中、浦中、上ノ平、上林、上地、畑林、中村、西垣戸、北地(吉右衛門)、北地(明則)、林、仁井田、南、谷合、道上、井ノ本、福田(和代)証人の各証言は措信しない。

(二)  凡そ選挙の際配布される入場券は、有権者と選挙事務従事者のため便宜配布されるものであるが、若し当該選挙に選挙権のない者に配布されると、その者は選挙権があると思い勝であり又選挙事務従事者も安易に有権者扱いをする虞れなしとしないから、入場券作成に当つては注意が肝要であるにもかかわらず、本件選挙においては選挙権のない者にも配布されていること、本件選挙において各投票所の選挙事務従事者は、前述の第五投票所の例を除き、住居要件に全く意を用いず、本件町議員選挙を、あたかも国会議院選挙並に扱い、転出被表示者に対しても一般被登録者と同様に安々と投票させたこと、そのため本件選挙当時御浜町に住んでいなかつたと観られる滝谷ミワ、井瀬政子、片岡正六、小山裔斐、田岡和郎、田岡洋子、中尾安次、堀口幸子、坂地征子、竹本信子、福田敬三、福田佳世子の一二名が投票するに至つたことが明らかである。右のように行なわれた本件選挙は、公正を欠いた手続によつて執行されたもので選挙の管理規定に違反したものと解せられ、選挙の結果に異動を生ずる虞れがあること明らかである。

三、原告らは本件選挙においては、選挙全体の公正を害するような選挙管理規定違反がなく、無効投票が存するとしても、その数は明らかであるから、潜在的無効投票として公職選挙法第二〇九条の二により当選無効の事案として処理せらるべきであると主張するが、叙上認定の事実は本件選挙全般の公正を疑わしめるものと解せられるし、それに公職選挙法第二〇九条の二は当選の効力に関する争訟の提起のあつた場合の規定であつて、本件のように選挙の効力が争われている選挙争訟の場合に適用さるべき規定でないことは同条の文理上からも明白であるのみならず当選の効力に関する判断は選挙が有効に行なわれたことを前提とするから、右第二〇九条の二の適用があるのは、選挙の効力について争いのない場合又は選挙が無効でないと判断される場合に限られるものといわなければならない。それ故原告らの右主張は採用できない。

四、従つて本件選挙を無効とした被告県選挙管理委員会の裁決は相当である。

五、よつて原告らの本訴請求を棄却することとし訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条に則つて主文の通り判決する。

別紙

第一準備書面

被告委員会のなした裁決理由の要旨。

(1) 認定した事実。

(イ) 公職選挙法(以下法という)第二七条の規定により、選挙人名簿(以下名簿という)に転出表示された者の投票については当該投票所が各使用した名簿の抄本に他市町村へ住所を移転した旨、表示されている第二投票区、更家ミワ、第五投票区、井瀬昭、井瀬政子、第八投票区、片岡正六、小山裔斐、田岡和郎、田岡洋子、第九投票区、中尾安次、桧作幸子、第一一区投票区、河辺征子、宇城信子、第一三投票区、榎本匡志、福田敬三、福田佳世子、らはいずれも、投票日に投票所で投票し、第一一投票区、倉屋音吉、倉屋貞代は選挙の期日前に不在者投票したことが認められる。

(ロ) 前記一六名については、いずれも投票日の前日までに、住民票は消除され、現実に町内に住所を有しなかつたことが認められる。

(2) 前記一六名の投票に関しては、本件選挙の管理に、次の違法がある。

(イ) すなわち、法第二七条は、選挙管理委員会は、名簿に登録された者で、当該市町村の区域内に住所を有しなくなつたことを知つたときは、直ちに名簿にその旨を表示しなければならないとしている。

名簿の表示は法第二八条第二号の規定により、名簿を抹消する前提として行なうものであるから、名簿に登録された者であつても、現に、転出表示がなされ、かつ、町内に住所を有しないものは名簿上も、実体上も、本件選挙の選挙権を有しないことは明白な事理であるから、町委員会は法第四三条の規定により、これら(一六名)の者の投票を禁止し、投票管理者およびこれを補助する事務従事者は名簿に付された転出表示に基づいて、選挙権のない者をチエツクして、その投票を阻止する職務上の義務を有する。

(ロ) しかるに、本件選挙の投票に際して、前記一六名に選挙権のないことは当時使用されていた名簿(またはその写し)を一見すれば明らかであるにもかかわらず、投票管理者および事務従事者は右一六名が投票所に来るや、これをチエツクすることなく、

(ハ) 投票用紙を交付し、または投票所入場券を作成して投票させ、

(ニ) また、不在者投票管理者が不在者投票を容認し、送致を受けた投票管理者がこれを受理したことは投票管理者らが前記職務上の義務を怠つたことにより、投票の公正を害したものである。

(3) 前記のとおり、本件選挙の管理の違法により、選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるか、を判断すると、

(イ) 本件選挙における最下位当選人原告清水由隆の得票数は二一七票、落選人で最多得票を得た訴外尾崎良雄の得票数は二〇八票であり、その差は九票、

(ロ) 町長選挙における当選人訴外宇井泰彦の得票数は三七二〇票、落選人訴外赤崎佐治郎の得票数は三五二四票であり、その差は一九六票、

であるから、選挙権のない者が投票した無効票一六票が存する以上、これによつて、本件選挙はその結果に異動を及ぼすおそれのあることは明らかであるから、最高裁判所判例に徴し、本件選挙を無効と裁決する、というにある。(町長選挙については、前記一六票によつて、選挙の結果に異動を及ぼすおそれはない)

第二準備書面

本件一六名の投票の効力並びに各住所の認定について。

(一) 次の各投票者の投票が有効であることは明白である。

1 井瀬昭、井瀬政子(夫婦)

右夫婦は昭和四五年七月二十日、転出届をしているが、これは同人らが尾鷲市営住宅の入居申込みのため、また子供の転校の都合上便宜的になされたに過ぎず、実際の住所移転は同年一〇月下旬である。その間尾鷲市内に仮住居一室を利用した事実もあるが、これは家族全員同居できる広さでもなく、また日常家具すら置けない間取りであり、生活の中心である住居は、本件投票日頃引き続き御浜町柿原にあつたものである。

2 倉屋音吉、倉屋貞代(夫婦)

右夫婦は昭和四五年八月二九日に転出届をしているが、右手続は同人らが熊野市営住宅への入居申し込みのため便宜的になされたもので、同人らが同市へ実際に引趣したのは昭和四五年一〇月頃である。それ迄、引き続き御浜町神木に住居を有しており、その間右転居先に借家を賃借りしていたが、これは前記事情のため、いわゆる「から家賃」を支払っていたのみで、同人らが現に住居した事実は全くない。

3 榎本匡志

同人は昭和四五年五月二八日熊野市へ転出の旨、届出したことになつているが、右手続は同人の関知しないものである。

同人の家庭の事情により、同人の先妻が無断で右手続をしたものと思われる。

同人が熊野市に家業の電器店の支店を設けたが、本件投票日頃、本店は御浜町志原の当時の住所にあり、住居並びに営業共、右志原においてなされ、実際に熊野市へ引趣したのは本件投票日以後である。

4 小山裔斐

同人は本件投票日頃、室内装飾を職とし、御浜町阿田和に住居を有していたが、その間昭和四五年一月頃新宮市に、同年六月頃太地町に家を借りたことがある。

右各借家は、同人の家庭の事情から、将来住居を移転させるべく備えたものであるが、その必要もなくなり結局住居を移すに至らなかつた。したがつて、同人の家具並びに仕事場、道具等は従前から阿田和の住居にあり、時折太地町の家も利用することもあつたが(同人の妻が太地町にある実家に里帰りしていたため)生活の中心は阿田和において営まれていたものである。

なお、太地町の家へしばしば通つていた頃、引越の予定から転出届をしたこともあるが、これは右手続のみに終つたことは前記の通りである。

(二) 次の右投票者は本件投票日当時、その住居は御浜町にあつたものと認められる。

1 坂地征子(旧姓河辺)

(1) 同人は昭和四四年一〇月三〇日結婚し、以後新居を新宮市に構えたが、健康を害して療養のため昭和四五年一月から御浜町神木の実家に同人のみ住居を移し、本件投票日迄引き続き右御浜町に居住していたものである。

(2) 同人の場合結婚による新居での生活が極めて短期間であるうちに実家へ住居を移したこと、婚姻による新宮市での同居生活に比べて御浜町での療養生活が一年余の長期に渡ること、当初から右療養期間が限定されず、従つて本件投票日の頃健康回復の見込みと、いつ新宮へ戻るかという日程も不確かな状態にあり、日常一般の生活が御浜町に定着していたこと、近隣の者も同人の結婚を知らず、かつ同人を御浜町内でしばしば見かけていることなどから、本件投票日当時同人の日常生活は御浜町神木の実家の住居を中心に営まれていたものである。

2 中尾安次

(1) 同人は昭和三六年大学受験のため京都市に下宿して以来、昭和四六年五月結婚により高山市で新居を構えるまで、右市内で就学のため転々仮寓した。その間、休暇以外にもしばしば御浜町下市木の実家に帰宅し(選挙の投票のためにも帰省している)、前記転々とした下宿生活には極めて限られた身廻り品のみを備え、衣類、書籍等の通常の所持物は総て実家に置き、必要の都度持参もしくは持ち帰りを繰りかえし、通常の生活環境は、右修学地の転々仮寓の状態には定着せず、御浜町にあつたと認められる。

(2) 同人の生活の本拠が御浜町から他に移転したのは、結婚による新居を構えたときで、一切の日常用品等を、御浜町から高山市の新居に運び入れた事情からも明らかである。

その間、同人は昭和四五年八月二九日に住民票を京都市に移動させているが、これは京都においてマンシヨン「コーポ鴨川」を買受けるための資格条件を備えるための、便宜上なされた手続に過ぎず、住所移転の実質を伴わないものである。

第三準備書面

(一) 潜在的無効投票の取扱いについて。

(1) 公職選挙法二〇九条の二は「選挙の当日選挙権を有しない者の投票その他本来無効なるべき投票であつて、その無効原因が表面にあらわれず、有効投票に算入されたことが推定される場合」いわゆる潜在的無効投票が存する場合の取扱いを定めている。

本件において、仮に問題となつている一六票のうち幾票かが無効であるとすれば、それは選挙当日(あるいは不在者投票当日)すでに選挙区である御浜町より他へ転出したことにより選挙権を失なつた者の投票が無効となるケースであり、それはまさしく右法条中の「選挙の当日選挙権を有しないものの投票」として潜在的無効投票の一つに該当するのである。

(2) しかして、潜在的無効投票の中でも、投票所閉鎮時間経過後の投票の如き明らかに選挙の管理執行上の違法がある場合と異なり、無資格者投票等、投票自体に存する瑕疵により無効とされる投票がある選挙においては、それを当選無効争訟によるべきものとするのが判例(最高裁三小昭和二三年六月一日判決民集二巻七号一二五頁、下級審では高松高裁昭和二六年一一月一九日判決外)定説である。

もちろん、無資格者による、潜在的無効投票がある場合において、その数が極めて多いために到底自由公正な選挙の執行と認められない場合には、それ自体において選挙全体をやり直さなければならない必要が生ずるであろうし、潜在的無効投票数が判明していなければ、選挙結果の一部更正の手続も不可能となろうが、本件においては、問題となる投票数は一六票で、その無資格者投票数も確定し得べきものであり、かつ全体の投票数からみればきわめてわずかな票数であるので前記判例定説に従い当選争訟によるのに何らの妨げはないのである。

(二) 選挙管理執行上の違法の不存在

(1) また前記潜在的無効投票が、仮に選挙の違法管理執行による場合には選挙無効原因にならないかとの問題が存するけれども、本件においては選挙の違法管理等選挙の規定違反は存在しないことはすでに請求原因(六)において主張の通りであつて、その点において当選争訟によることに何ら妨げはない。

(2) なおこの点につき付言すると、選挙における住所の認定は、その者の生活の本拠地如何によつて決まるものであり選挙人名簿に転出表示されたものの投票を認めたことが、ただちに管理執行上の違法ということにはならない即ち、

選挙権の要件につき公職選挙法第九条二項は「日本国民たる年令二〇年以上の者で引き続き三か月以上市町村の区域内に住所を有する者は、その属する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する」と規定している。

しかして、その住所とは

「その生活の本拠であり何処がその人の生活の本拠であるかは主として生活の本拠と認むべき客観的事実の存否によつて決すべきものであつて、その人が其処を住所とする意思を有するかどうかは住所決定の絶対的要素と見るべきではなく、他の事情とともに考慮さるべき一標準にすぎないもの」(昭和二七年一〇月一六日名高裁判決)であり、

「公選法及び自治法が住所と選挙権の要件としているのは一定期間、一の地方公共団体の区域内に住所を持つ者に対し、当該地方公共団体の政治に参与する権利を与えるためであつて、その趣旨から考えても、選挙権の要件としての住所は、その人の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心をもつてその者の住所と解すべく、(中略)私生活の住所、事業活動面の住所、政治活動面の住所等を分断して判断すべきものではない」(昭和三五年三月二二日最高裁判決)

即ち、住所の認定は単に住民票の所在あるいは選挙人名簿のみによるべきものではなく、実際の生活の本拠によるべきことは判例、実務の取扱いであり(なお選挙関係実例判例集五四頁~八九頁)そのような住所の認定につき、実質的な審査義務のない選挙管理者等が(選挙人名簿より消去された者の投票を認めたのならともかく)選挙人名簿に登録されているものについて、転出表示がある者の投票を認めたからといつてそれがただちに選挙無効原因としての違法ということにはならない。

もし、かような場合に選挙管理者等が投票を拒否するなら投票管理者の専行により不当に選挙権行使の機会を失う者の出てくる場合も生じかえつて不当である。(現に本件選挙においても転出表示のある者が投票した中で更家亀三郎、吉村町子については転出表示に誤りがあり、実際には選挙権が有つたのであつて、仮にそれを転出表示があるからといつて拒否していたならば、同人等の選挙権行使の機会を妨げたことになるのである。)

(3) 結局かかる場合には、選挙管理執行上の違法の存否の問題ではなく、結果的に投票をした者の個々の投票についての効力を争う当選争訟の原因となるに止まるというべきものである。(最高裁判例昭和二三年六月一日、昭和二六年二月二九日高松高裁判例、昭和二七年二月二九日高松高裁判例)

(4) なお原裁決は、事後的調査の結果、住所を有しなかつた者一六名の投票を容認したことにつき、選挙管理上の職務違反であると認め、事後的に調査の結果住所を有した前記二名の投票を容認したことについてはその職務違反を認めていないが、選挙人名簿上転出表示のされた者の投票を認めたことが職務違反というのなら右一八人全員につき職務違反ありというべきである。しかるに、それを事後的に調査した結果職務違反の存否を決したというのは不合理きわまるものである。このような点からすると結局、原裁決も、実質的には各投票の効力の判断をしたものとみることもできるのである。

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